09 セクシャルマイノリティついてに考えること

私の過去の経験談については、03 04のブログに書かせていただきましたが、自分の性に対して認識していることを、改めてお話しさせていただきます。

まず、セクシャルマイノリティを理解するのには、「性自認」と「性的志向」の2つがあります。「性自認」は自身の性をどのように認識しているか、「性的志向」は恋愛がどちらの性にむくかということ。一口に「LGBT」と言っても、様々な方がいらっしゃり、そのいずれにも該当しない方もいる、まさに性というのは100人いれば100通り、色で言えば、白から黒までの何通りにもあるボーダーだと、そう私は思っています。

私の性自認は「女性」です。そして「性的志向」はほぼ同性の女性に対してです。女性が持つ、神秘的な力の素晴らしさを感じたり、母性が自分の中にあると同時に、女性と恋愛ができる男性に対しての憧れや嫉妬に近い気持ちも私にはあります。一言で言うと、中性的。女性性と男性性が共存しているような感じ。さっぱりとした女性だけど、決して男っぽい女性というわけではない、もちろん女性っぽい女性ではない。〝自分は何者なんだろう”、そうやって、考えても仕方ないことを悩み抜いた日々もありました…。ただ、はっきり分かっていることは、同性(女性)に恋愛感情を持ってしまうこと、女性に感じるときめきのようなものが異性の男性に対してはない、ということ…。こんな風に生まれたくはなかった…。この事実に対して、どれだけ悩み、どれだけ絶望し、受け入れられるようになるまで、どれほどのことがあったのか、一言では言い尽くせない思いがあります。

世間では、例えば、男女の恋愛がドラマや映画で描かれます。日々の日常の中でも、好きな異性の話を友達にしたり…そういった、いわゆる普通のことが、うらやましく、私も本当はしたかった…。それに対して私は、好きな人から自分から離れて行くしかなかった…、なんとなく好意が伝わってしまったのか、遠ざけされて友人関係すらなくなってしまった過去もあります。もう二度と、二度と、こんな思いはしたくない、恋愛などしない、だから自分の気持ちに蓋をする。

誰にも打ち明けられない辛さ、恋愛では想いが叶わないこと、報われないことの絶望感。自己肯定など持てずに、いっそのこと消えてなくなりたくなるような思い…。その行き場のない思いを、何かに替えて…、というか、何かに替えて生きるしか、生きてはいけないくらい辛い。

でも、分かっている。どんなに何かで替わりに気持ちを傾けようと思っても、満たされない虚しさがあり…。それだけ人を好きになるということは、他に代え難いもの。そして、考えても、考えても、答えが見つからない、仕方ないものだと、悟る。

セクシャルマイノリティに対して、昨今では理解が進んでいると思います。しかしながら、自身の性をオープンに生きている人はひと握り、ほとんどの人がそれを隠して生きている現状があります。私もその一人で、これからもそう生きて行くでしょう。ただ、すごく思うのは、セクシャルマイノリティの人権や差別といった社会問題の、もっともっと前に、最も大事なことは、みな、人知れず、孤独に悩んでいる。「言えない、自分を受け入れられない」で、悩んでいる、苦しんでいるということ。もっとも、自分に嘘をついて生きることがどんなに辛いことか。

私も経験をして来たからこそ、このブログを同じ思いで見てくださっている方の気持ちが、痛いほど、本当によく分かります。そんな私が少しでも、ネットの裏側にいる、誰かの役に立てばという思いで、このブログを立ち上げました。

私はやっと同性が好きな自分のことを、〝個性”と思えるようになりました。私は私でいい。あなたもあなたでいいんです。私がこれまで経験をして得たこと、そして、同じように悩んでいる方に、複雑な恋愛を頑張っている方に、メッセージを送りたいと思います

Follow me!